Jan 1, 2016

新年、「対話の可能性」とその意義


震災以後、元旦はせんだいメディアテークに参拝して、鷲田先生の「対話の可能性」を読むことにしています。

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全文はこちらの「序」に。
http://www.smt.jp/dialogues/

「対話の可能性」も「対話することの意味」も見直しつつある私にとっての「物語のかたち」とは、どんなものがあり得るのか。

鷲田先生の言葉に異論はないのだけども、しかし、80年代以降の相対主義、もしくは学際などのその先が未だ見えていないという限界は、感じざるをえない(10周目くらい)。

その先を、どうしたものか。

2016年 元旦

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